顎関節症とは
顎関節症とは、両耳の前にある顎の関節に異常が起こるトラブルの総称です。顎関節症の原因はすべてが解明されているわけではありませんが、根本的な問題としては咬み合わせの乱れが挙げられます。そのため、それぞれの患者様の症状やお口の状況、生活習慣やクセなどを考慮したうえで、咬み合わせを改善することが重要です。また、顎関節症と診断されるのは、次のような症状がある場合です。
【こんな症状がある方は、すぐにご相談ください】
- 顎関節を動かすと「コキッ」「ゴリゴリ」「カクン」などの異音がある
- 口を大きく開けると痛い、開けられない
- 一時的に口を閉じることができなくなることがある(ロッキング現象)
- 顔面の痛みや顔面筋肉の疲労感がある
- 耳に痛みを感じる、耳鳴りがする時がある
- 偏頭痛や目の疲れ、めまいを感じることがある
- 首や肩、背中の痛みや肩こり、腰痛など全身におよぶ痛み
よくある顎関節症の原因
原因① TCH(歯列接触癖)
TCH(歯列接触癖:Tooth Contacting Habit)とは、無意識のうちに“持続的に上下の歯を接触させる癖”のことです。通常、口を閉じていても上下の歯の間には空間が存在し、歯が噛みあうのは会話や食事の時のみです。一般の方で、上下の歯の接触時間は1日に平均すると17.5分という調査結果も出ているため、普段から接触している方はすぐにでもご相談ください。
TCHを起こした方は、上下の歯の接触時間が普通の人に比べて格段に長くなっています。その間、顎の筋肉には相当な負担がかかってしまいます。筋肉が疲弊するだけでなく、顎関節の持続的な過度な緊張状態により、血液の循環も悪くなってしまうため、顎関節症の大きな要因となっています。
通常の顎 | TCHを起こした顎 |
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顎に過度の緊張もなく、理想的な状態。何もしていない無意識下では、上下の歯の間に空間があります。 | 顎関節症、またはその恐れがあります。何もしていないのに上下の歯が咬み合っているので、顎関節に過度な緊張を与え、無意識のうちに負担をかけています。 |
原因② 歯ぎしり(ブラキシズム)
歯ぎしりと聞くと、多くの方が“ギリギリ”と就寝中に歯と歯を過度にこすり合わせる状態をイメージされると思います。実は、これが歯を擦り減らせたり、顎に過剰な負担をかけているのです。
実際に歯ぎしりでお悩みの方は、特になるべく早くご相談ください。歯ぎしりは歯と歯の過剰な接触によるもので、強い人だと「70kg」を超える咬む力がかかってしまうとも言われています。そのため、筋肉の緊張・疲労、顎関節への負荷になり、顎関節症の要因のひとつとして考えられています。
3つのブラキシズム
グライディング | クレンチング | タッピング |
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睡眠中に多い一般的な歯ぎしりで、上下の歯を強く擦り合わせる臼磨運動で“ギリギリ”という軋むような特異な音が特徴です。歯と歯の過剰接触が原因によるエナメル質や象牙質の損傷(咬耗症:こうもうしょう)の心配もあります。 | 上下の歯の強い噛み締め(食いしばり)です。昼夜問わず音が出ないこともあり、無意識・無自覚なことが多いです。 | 上下の歯をカチカチと過剰に噛んでしまう動作です。昼夜問わず、自覚症状もほとんどありません。 |
原因③ その他の要因
肉体的な要因 | 偏咀嚼(へんそしゃく) | 食事の際に片方の奥歯でしか咬まないと、片方の顎に負荷がかかる。 |
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歯ぎしり・食いしばり | 顎の筋肉が緊張して負荷がかかる。 | |
うつ伏せ・頬づえ・猫背 | 片方の顎にだけ負荷がかかる。 | |
咬み合わせの乱れ | きちんと咬めないため顎の骨に負荷がかかる。 | |
心理的な要因 | ストレス | 心理的な不安感などから痛みに対して敏感になる。 |
歯ぎしりやTCHのお口まわりへの悪影響
歯・歯質 | 歯のまわりの組織 | 顎関節 |
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歯がすり減ったり、欠けたり、知覚過敏を引き起こす可能性があります。 | 歯を支える組織に負荷がかかり炎症を起こし、歯周病を悪化させてしまうことがあります。 | 顎の関節に過度の負担がかかるので、顎が痛くなったり口が開きにくくなったりすることがあります。 |
顎関節の構造 | |
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①正常な顎関節 関節円板という繊維のまとまりが、下顎頭に帽子のようにかぶさっている状態です。基本的にこの状態であれば、様々な変調の原因が顎関節ではありません。 |
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②顎関節症:関節円板が前方に転移 関節円板が前方にずれて変形してしまった状態です。口を開ける際に、下顎頭が関節円板にひっかかり、“カクン”と音がします。 |
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③顎関節症:関節円板のさらに大きな前方転移 関節円板がさらに前方にずれて変形も大きくなった状態です。下顎頭がひっかかって前に出られないため、口を大きく開けられなくなります。 |
咬み合せの調整
「よい咬み合わせ」とはどんな咬み合わせでしょうか?歯科医師が言う「よい咬み合せ」というのが、単に歯並びがキレイに整っている、というわけではありません。上下の歯を咬んだときに、適切な位置でしっかりと咬み合うかどうか、食べ物を前歯で咬み切ったり、奥歯ですりつぶしたりしても歯や歯を支える歯周組織に、偏った負担がかからない状態のことをいいます。
咬み合わせの調整はただ歯を削るようなイメージがあるかもしれません。しかし実際は、口の中を立体的空間と捉え、顎の動きも考慮してバランスが取れるようにしなければなりません。そのため咬合治療はかんたんな処置ではないのです。
顎関節、咬み合せの治療法
▼スプリント療法(マウスピースによる治療)
歯ぎしり・食いしばりなどは、精神的・口腔環境のストレスが主な原因として起こります。その負荷は、食事の時の2倍にもなります。スプリント療法は、睡眠時に無意識に起こる歯ぎしりや食いしばりを改善することで、顎への負担を分散・軽減し、顎関節症の症状を軽減する治療です。
前歯接触型スプリント | 全歯列接触型スプリント(スタビリゼイションスプリント) |
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前歯のみが接触するマウスピース。開口反射を誘発させることで、口を開く筋肉の活性化・口を閉じる筋肉の緊張を緩和する効果が期待できます。 | 上下の全歯列を均等に接触させるためのマウスピースです。咬合接触の以上や咬み合せ異常の問題をマウスピースが吸収。一部の歯の過度な接触がなくなるので、下顎が安定します。神経筋機構が円滑に動作するようになり、咀嚼筋などの筋肉の緊張が解け、顎関節症の症状を緩和します。 |
前方整位型スプリント | ピボット型スプリント |
上顎、または下顎の全歯列に装着するマウスピースです。関節円板が前方に転移し、顎関節に異音がある場合に症状の緩和を目的として使用します。 | 奥歯のみが接触する上顎または下顎の全歯列に装着するマウスピースです。顎関節が痛むために口を開けない場合などに使用します。 |
▼被せ物、咬合誘導(咬み合せ治療)
スプリント療法によって症状が落ち着いてきた、または軽度の場合に行います。顎関節に負担を強いる問題点が他にもあるなどの場合、患者様と相談の上それらを排除する治療をします。
- 上下の歯を咬み合わせた状態(中心咬合位)や、上下の歯を咬み合わせて下顎を左右に動かした状態(側方咬合位)のとき、顎関節の変動・変位を適切な位置に誘導、バランスを調整します。
- 歯を失ったままにしていたり、以前治療したかぶせ物(クラウン)などが不正咬合(咬み合せの狂い)を起こしている場合は、かぶせ物やブリッジ、義歯などの治療によって咬み合わせを改善し、顎関節への負担を軽減します。
▼薬物治療
下顎をマッサージ・運動療法を行う際、疼痛があり開口量が制限される場合は、消炎鎮痛剤を服用し疼痛を軽減し開口を行いやすくします。
▼運動療法
顎関節症になると、顎の関節だけでなく周辺の筋肉にも影響を与えます。そのため、顎にかかる負荷を和らげたり、疲弊した筋肉をマッサージなどを行うことで、顎のまわりの筋肉や靭帯に働きかけて顎関節がスムーズに動くようにトレーニングをします。その結果、痛みなどの症状を緩和します。
- 顎のズレで生じた不適切な筋運動を正常な状態に戻るよう誘導
- 歯軋りや食いしばりなどの悪習癖によって生じた筋肉の緊張感を緩和
- 顎の筋肉で硬化した部分がある場合はマッサージによって緩和
【自宅でできるリハビリトレーニング】
最近の顎関節症の治療は、改善効果が大きいことから、患者様ご自身が自宅や職場でおこなうリハビリトレーニングが主体となりつつあります。各リハビリトレーニングの特徴を簡単にご紹介します。ただし、一人ひとりの症状に合わせて行わなければかえって症状を悪化させてしまうため、詳しくはご相談ください。
■関節可動化訓練
関節に問題があって口があかない時におこないます。
■筋訓練
筋肉に問題がある時におこないます。
筋伸展訓練 - 硬くなった筋肉をストレッチする。
筋負荷訓練 - 筋肉を強化して疲れにくくします。
■ガム咀嚼訓練
治療の後期に物を噛む時の痛みが残る場合におこないます。
顎関節症のゴールは?
顎関節症の治療において、「完治」という言葉は使いません。患者様自身が顎関節症に対する自己管理法を身につけていただければ、それが治療のゴールとなります。一度ずれてしまった関節円板は、多くの場合、完全に元の位置には戻りません。ただ、それでも機能的な障害がなくなり、症状が再発しない状態を保つことは可能です。機能的な障害がなくなるというのは、
- 痛みを伴わず3本の指を縦にしてすっと口に入る
- ガムを15分以上噛める
- 朝、口を開いても違和感や痛みがない(あくびなど)
などです。その後はカクカクという関節音が残っていても、別状なければ問題ありません。